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訪問介護の経営者の年収について、公的な統計は存在しません。ただし国が公表している事業所単位の収支データを使えば、実際に手元へ残る金額はかなりの精度で逆算できます。この記事では、その計算過程と、金額を大きく左右する条件を整理します。
こんな疑問を持つ方へ
- 独立したら、今の給与より本当に増えるのか知りたい
- ネットで見る「年収700万円」の根拠がわからず不安
- 報酬が下がる業界で、これから始めて大丈夫なのか判断したい
- 黒字にしている事業所と赤字の事業所は何が違うのか知りたい
訪問介護の経営者の年収はいくら?相場が語られにくい理由
結論から書くと、訪問介護の経営者の年収を直接示した公的統計はありません。経営者の報酬は、法人の規模や方針、税務上の判断によって決まるもので、業界横断で集計する仕組みがないためです。
そのため「訪問介護の経営者の平均年収は◯◯万円」という数字を見かけたら、それは推計か、一部の事例の紹介だと考えたほうが実態に近くなります。
経営者の年収は「役員報酬」と「残った利益」で決まる
会社形態で運営している場合、経営者が受け取る金額は次の2つに分かれます。
| 構成要素 | 内容 |
|---|---|
| 役員報酬 | 毎月定額で受け取る報酬。会計上は費用(人件費)として処理される |
| 税引後の利益 | 役員報酬などをすべて支払った後に法人へ残る金額。内部留保にも将来の配当にも回せる |
役員報酬は原則として事業年度の途中で自由に増減できません。期首から3か月以内に決めた金額を毎月同額で支払う必要があるため、「今月は儲かったから多めに受け取る」という運用はできない点も押さえておきたいところです。
だからこそ「1事業所でいくら残るか」から逆算する
経営者の年収そのものは統計がありませんが、「1つの訪問介護事業所がどれだけ稼ぎ、どれだけ残すか」は国が調査しています。この数字を出発点にすれば、現実的な水準が見えてきます。
公的データで見る、訪問介護1事業所の収入と利益
厚生労働省の「令和7年度介護事業経営概況調査」は、2024年度(令和6年度)決算の訪問介護事業所の経営状況をまとめています。1事業所あたりの平均は次のとおりです。
| 項目 | 1か月あたり | 年換算 | 収入比 |
|---|---|---|---|
| 収入 | 329万円 | 約3,948万円 | 100% |
| うち給与費 | 223万円 | 約2,676万円 | 67.8% |
| 支出合計 | 297万円 | 約3,568万円 | 90.4% |
| 差引(税引前) | 31.6万円 | 約379万円 | 9.6% |
| 法人税等を引いた後 | 30.0万円 | 約360万円 | 9.1% |
同じ調査によると、1事業所あたりの延べ訪問回数は月759.6回、常勤換算の職員数は7.3人、訪問1回あたりの収入は3,965円です。年商4,000万円弱の小さな事業体という姿が浮かびます。
収支差率9.6%は「経営者の年収」ではない
ここが最も誤解されやすい点です。国が事業者に求める経営情報の報告様式では、費用区分の「給与費」の内訳に「役員報酬」が置かれています。つまり調査上の収支差は、経営者が役員報酬を受け取ったうえで、それでもなお残った金額ということです。
ポイント:収支差率9.6%は「役員報酬を払った後の利益率」です。経営者の経済的な取り分は「役員報酬+税引後利益」で考える必要があります。
1事業所規模での現実的なイメージ
仮に平均的な事業所で役員報酬を年420万円(月35万円)に設定していたとします。その場合、経営者に関係する金額は次のように整理できます。
| 内訳 | 年額 |
|---|---|
| 役員報酬(個人の収入) | 420万円 |
| 法人に残る税引後利益 | 約360万円 |
| 合計(経営者に紐づく金額) | 約780万円 |
ただし、この360万円をそのまま個人の収入にできるわけではありません。設備更新、採用費、そして後述する運転資金の備えとして法人内に置いておく必要があります。1事業所だけを運営する段階では、個人の生活に回せる金額は500万〜600万円台に落ち着くケースが多いと考えるのが自然です。国税庁の令和6年分の調査では、1年を通じて勤務した給与所得者の平均給与は478万円ですから、平均をやや上回る水準ということになります。
年収を大きく左右する4つの分かれ道
同じ訪問介護でも、経営者の取り分は数倍の開きが出ます。差がつくポイントは主に4つです。
1. 事業所数を増やせているか
1事業所の利益が年360万円前後であれば、3拠点で約1,000万円、5拠点で約1,800万円という単純計算になります。訪問介護で年収1,000万円を超える経営者の多くは、この多拠点展開によって規模を確保しています。ただし拠点ごとに管理者とサービス提供責任者が必要になるため、人材採用の力がそのまま拡大速度を決めます。
2. 加算をどれだけ取得できているか
基本報酬は全国一律で、事業所が価格を決めることはできません。単価を上げる手段は加算の取得に限られます。特定事業所加算のように、有資格者の割合や研修体制、緊急時対応の整備といった要件を満たすことで単価が上がる仕組みがあり、これを取れているかどうかが収益差に直結します。
3. 稼働率と移動時間をどう管理しているか
訪問介護は移動時間が売上を生みません。同じ8時間勤務でも、訪問先が近接していれば訪問回数は増え、点在していれば減ります。エリアを絞る、同一建物や近隣エリアの利用者をまとめる、シフトを移動順で組むといった運用が、そのまま利益率になって表れます。
4. 介護保険以外の柱を持っているか
障害福祉サービス(居宅介護など)や保険外の自費サービスを併営する事業所もあります。介護保険とは利用者層や利用の継続性が異なるため、収益基盤を分散させる考え方として実際に選ばれている手法です。
「儲かる」と言い切れない訪問介護経営の現実
平均値だけを見ると健全に映りますが、業界全体は厳しい局面にあります。
3事業所に1つは赤字
同じ調査によると、2024年度決算で赤字だった訪問介護事業所の割合は35.1%でした。全介護サービス平均の赤字割合37.5%より低いとはいえ、3事業所に1つは利益を出せていない計算です。平均9.6%という数字は、黒字と赤字が混在した結果であることを忘れてはいけません。
倒産・休廃業は過去最多の水準
東京商工リサーチによると、2025年の介護事業者の倒産は176件で2年連続の過去最多となり、そのうち訪問介護が91件(前年81件)と3年連続で最多を更新しました。倒産に至らず事業を停止した休廃業・解散は介護事業者全体で653件、うち訪問介護が465件を占めています。倒産原因は売上不振が140件で約8割です。
2024年度の基本報酬引き下げが効いている
2024年度の介護報酬改定では、全体が1.59%のプラス改定となる一方、訪問介護の基本報酬は引き下げられました。
| 区分 | 改定前 | 改定後 |
|---|---|---|
| 身体介護 20分未満 | 167単位 | 163単位 |
| 身体介護 20分以上30分未満 | 250単位 | 244単位 |
| 身体介護 30分以上1時間未満 | 396単位 | 387単位 |
| 生活援助 20分以上45分未満 | 183単位 | 179単位 |
| 生活援助 45分以上 | 225単位 | 220単位 |
収支差率の推移を見ると、この改定の影響がはっきり表れています。
| 決算年度 | 訪問介護の収支差率 |
|---|---|
| 2022年度(令和4年度) | 7.8% |
| 2023年度(令和5年度) | 11.1% |
| 2024年度(令和6年度) | 9.6% |
最大の制約は人材
介護労働安定センターの令和6年度介護労働実態調査では、訪問介護員が「不足している」と答えた事業所は83.4%にのぼり、調査対象の職種で最も高い水準でした。年齢構成も60歳以上が25.7%を占める一方、30歳未満は6.1%にとどまります。仕事があっても受けられない、という理由で売上が伸びない構図が広がっています。
2026年6月の臨時改定で経営環境はどう変わったか
こうした状況を受け、通常は3年に1度の介護報酬改定が前倒しされ、2026年6月に臨時改定が施行されました。改定率はプラス2.03%です。
訪問介護に関わる主な変更点は、介護職員等処遇改善加算の区分再編と加算率の引き上げです。加算Ⅰ・Ⅱがそれぞれ「イ」と「ロ」に分かれ、訪問介護の加算率は加算Ⅰ(イ)が27.0%、新設された加算Ⅰ(ロ)が28.7%に設定されました。「ロ」は生産性向上や協働化に取り組む事業所が対象となる上乗せ区分です。あわせて、これまで対象外だった訪問看護・訪問リハビリテーション・居宅介護支援にも加算が新設され、対象職種も介護職員から介護従事者全体へ広がりました。
注意点:処遇改善加算で得た報酬は、全額を職員の賃金改善に充てる必要があります。加算率が上がっても経営者の年収が直接増えるわけではありません。効果は「他社より高い給与を提示できる=採用力が上がる=稼働率が上がる」という間接的な形で表れます。
なお、通常サイクルの次回改定は2027年度(令和9年度)が予定されています。基本報酬がどう扱われるかは、この間に公表される経営調査の結果が判断材料になります。
未経験から独立するまでに必要なもの
指定を受けるための人員基準
訪問介護事業所を開設するには法人格が必要で、都道府県または市区町村から指定を受けます。人員基準は次のとおりです。
| 職種 | 配置基準 |
|---|---|
| 訪問介護員 | 常勤換算で2.5人以上(サービス提供責任者を含む) |
| サービス提供責任者 | 利用者40人またはその端数を増すごとに常勤1人以上。介護福祉士など資格要件あり |
| 管理者 | 常勤1人。管理上支障がなければ他職種との兼務が可能 |
管理者に資格要件はありません。介護の資格を持たない人でも経営者兼管理者になれますが、サービス提供責任者は必ず有資格者を確保する必要があります。管理者が訪問介護員を兼務する形をとっても、開業時点で最低3人程度の体制が必要になります。
見落とされがちな「入金までの空白期間」
訪問介護で最初につまずきやすいのが資金繰りです。介護報酬は、サービスを提供した月の翌月に請求し、その翌月に入金されます。つまり4月に働いた分の売上は6月に入ってきます。
一方、職員の給与は4月分を5月に支払わなければなりません。開業から少なくとも2〜3か月は、売上がゼロのまま人件費と家賃が出ていく期間が発生します。倒産原因の約8割が売上不振であることを踏まえても、この期間を乗り切る運転資金を厚めに用意しておくことが、初年度を生き延びる条件になります。
経営者の年収を伸ばすために効く打ち手
数字の構造から逆算すると、取り組むべきことは絞られます。
| 打ち手 | 効く理由 |
|---|---|
| 加算を取り切る | 単価を上げる手段が加算に限られるため。要件確認は毎年見直す |
| エリアを絞る | 移動時間は売上を生まない。訪問密度が利益率を決める |
| 離職を減らす | 採用コストの削減と、受けられる依頼の増加に同時に効く |
| ケアマネジャーとの関係を築く | 新規利用者の入口。断らない体制が紹介の継続につながる |
| 2拠点目を計画する | 1事業所の利益には構造的な上限がある |
特に離職対策は、処遇改善加算の上位区分を取得できれば賃金原資が増えるため、加算の取得と人材定着が好循環になります。2026年6月の改定で加算率が引き上げられたことは、この循環をつくりやすくなったという意味では追い風です。
よくある質問
Q1. 訪問介護の経営者で年収1,000万円は狙えますか。
A. 1事業所だけでは構造的に難しく、複数拠点の運営や障害福祉サービスの併営など、事業規模の拡大が前提になります。公的データ上、1事業所の税引後利益は年約360万円が平均値です。
Q2. 管理者やサービス提供責任者として働く場合と比べてどうですか。
A. 令和7年度介護事業経営概況調査では、訪問介護の常勤換算1人あたり給与費は月33万185円です。ただしこの給与費には賞与や法定福利費の事業主負担分が含まれるため、本人の受取額はこれより少なくなります。経営者は上振れの余地がある反面、赤字リスクや連帯保証を負う点が根本的に異なります。
Q3. 一人で開業することはできますか。
A. できません。訪問介護員を常勤換算で2.5人以上配置する必要があり、加えてサービス提供責任者と管理者の配置も求められます。管理者が訪問介護員を兼務する形をとっても、最低3人程度の体制が必要です。
Q4. 介護の資格がなくても経営できますか。
A. 管理者に資格要件はないため、経営者自身が無資格でも開設は可能です。ただしサービス提供責任者は介護福祉士など有資格者である必要があり、その人材を確保できるかが実質的なハードルになります。
Q5. 訪問介護と訪問看護では、どちらが利益を出しやすいですか。
A. 2024年度決算の収支差率は訪問介護が9.6%、訪問看護が10.3%で、訪問看護がやや上回ります。ただし訪問看護は看護職員の確保が必須で、参入のハードルは高くなります。数字の差だけで判断せず、確保できる人材から逆算するのが現実的です。
まとめ
- 訪問介護の経営者の年収を示す公的統計はなく、「役員報酬+税引後利益」で捉える必要がある
- 2024年度決算の1事業所平均は、年収入約3,948万円、税引後利益約360万円。収支差率は9.6%
- 収支差率は役員報酬を支払った後の利益率であり、そのまま経営者の年収ではない
- 1事業所規模なら、生活に回せる金額は500万〜600万円台が現実的な目安
- 年収1,000万円超を目指すなら、多拠点展開や併営による規模拡大がほぼ前提になる
- 赤字事業所は35.1%。2025年の訪問介護の倒産は91件で3年連続の過去最多
- 2026年6月の臨時改定は処遇改善加算を手厚くしたが、原資は全額が賃金改善に充てられる
- 利益を左右するのは、加算の取得、訪問密度、人材の定着という3点に集約される
訪問介護しんらい 
