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高齢者のよだれ対策としてマスクを使ってよいのか、判断に迷う方は少なくありません。手軽で目立ちにくい一方、使い方を誤ると本人の負担や事故につながることがあります。安全に使える条件と、それ以外の選択肢を整理します。
- よだれが止まらず、拭いても追いつかない
- マスクをあてておけば楽になるのか知りたい
- 本人が恥ずかしがっていて、目立たない方法を探している
- 急によだれが増えた気がして、病気ではないか心配
- 施設で使う場合、身体拘束と言われないか不安
高齢者のよだれ対策にマスクは使える?安全に使うための3つの条件
結論からお伝えすると、マスクをよだれの受け止めに使うこと自体は、条件を満たせば選択肢のひとつになります。ただしマスクは本来、飛沫を防ぐための衛生用品であり、水分を吸い取って保持するようには作られていません。あくまで「一時的な受け止め」であって、よだれそのものを減らす道具ではない、という前提が出発点になります。
条件1:本人が自分の意思でいつでも外せること
もっとも重要な条件です。ひもを耳にかけているだけで、本人が「外したい」と思ったときに自分で外せる状態であれば、日常の工夫の範囲に収まります。反対に、手が動かせない、認知症で外し方が分からない、外そうとするのを介助者が止める、といった状況であれば、それは本人の意思に反した制限になってしまいます。
条件2:濡れたらすぐ交換できる体制があること
唾液を含んだマスクは重くなり、口元に張りつきます。呼吸のしづらさ、口のまわりの肌荒れ、においの原因にもなります。「つけっぱなしで放置される」運用になるのであれば、マスクは適していません。
条件3:よだれの原因を確認したうえで使うこと
よだれが増えた背景には、飲み込む力の低下や病気、薬の影響が隠れていることがあります。マスクで見えなくしてしまうと、量の変化や左右差といった大切なサインを見逃します。原因を確認するプロセスと並行して使う、という位置づけが安全です。
| 場面 | マスク使用の向き・不向き |
|---|---|
| 短時間の外出・通院の待ち時間 | 向いている。本人が気にする場面をカバーでき、すぐ交換できる |
| 人と会う予定があるとき | 向いている。ただし濡れる前に替えを用意しておく |
| 食事中 | 不向き。食事用エプロンやタオルのほうが安全で衛生的 |
| 就寝中 | 不向き。ずれや張りつきに気づけず、呼吸の妨げになる可能性がある |
| 本人が自分で外せない状態 | 避ける。身体拘束に該当するおそれがある |
| 一日中つけっぱなしにしたい | 避ける。口腔乾燥や肌トラブルを招きやすい |
マスクを使う前に知っておきたい4つのリスク
1. 濡れたマスクは呼吸と肌の負担になる
唾液で湿ったマスクは通気性が落ち、口のまわりが常に湿った状態になります。皮膚はふやけて弱くなり、口角炎やかぶれを起こしやすくなります。また高温多湿の環境でのマスク着用は体への負担が大きく、熱中症の予防の観点からも注意が呼びかけられています。高齢者はのどの渇きを訴えにくいため、周囲が気づきにくい点にも注意が必要です。
2. 自分で外せない人への装着は身体拘束にあたるおそれがある
厚生労働省老健局は2025年3月に「介護施設・事業所等で働く方々への身体拘束廃止・防止の手引き」を公表しています。この手引きでは、従来から示されてきた身体拘束にあたる具体的な行為11項目について、あくまで例示であり、ほかにも該当する行為があると明記されています。つまり「マスクは11項目に入っていないから問題ない」とは言えません。
やむを得ず行動を制限する場合は、切迫性・非代替性・一時性という3つの要件をすべて満たし、組織として判断し、記録を残すことが求められます。2024年度の介護報酬改定では、訪問系サービス、通所系サービス、福祉用具貸与、居宅介護支援についても、身体的拘束等の原則禁止と、やむを得ず行う場合の記録が運営基準に位置づけられました。在宅系のサービスでも同じ考え方が必要です。
「本人がいやがって外そうとしているのに、介助者がつけ直している」「外し方が分からず困っている」。このどちらかに当てはまるなら、マスクの使用は見直しが必要です。
3. 口呼吸と口腔乾燥の悪循環を招くことがある
マスクをつけていると鼻呼吸がしにくく、口呼吸になりやすいことが指摘されています。口呼吸が続くと口の中が乾き、細菌が増えやすくなります。口の中の細菌が増えた状態で唾液を気管に飲み込んでしまうと、誤嚥性肺炎のリスクが高まります。誤嚥性肺炎は2024年の人口動態統計で6万3665人が亡くなっており、死因の第6位です。よだれの問題を「見た目の困りごと」で終わらせず、口の中の清潔とセットで考える理由がここにあります。
4. 本人の気持ちを傷つけることがある
介護職向けのQ&Aサイトには、よだれが止まらない利用者への対応に悩む相談が繰り返し投稿されています。意識ははっきりしていて本人も恥ずかしく思っており、自分で拭こうとするが間に合わない、周囲が気づかないふりをしてしまう、といった声が多く見られます。道具を選ぶときは、機能だけでなく「本人がそれを身につけて嫌でないか」を必ず確認したいところです。
マスクより使いやすい?よだれ対策グッズの比較
よだれの受け止めには、マスク以外にもいくつかの選択肢があります。量と場面によって適したものが変わります。
| アイテム | 吸水量 | 目立ちにくさ | 向く場面 |
|---|---|---|---|
| バンダナ型スタイ (大人用・防水裏地) |
多い | 中(スカーフに見える柄を選べる) | 日中の過ごし、外出 |
| 薄手のスカーフ・手ぬぐい | 少なめ | 高い | 来客時、人と会うとき |
| タオルハンカチ | 中 | 高い(自分で拭ける人向け) | 自分で拭く力が残っている場合 |
| 食事用エプロン | 多い | 低い | 食事中のみ |
| マスク | 少ない | 高い | 短時間、条件を満たす場合のみ |
| 肩・胸元に敷くタオル | 多い | 低い | 臥床時、自宅でくつろぐ時間 |
選ぶときのポイント
選定の順番は「本人が受け入れられるか」→「量に足りるか」→「交換と洗濯が続けられるか」です。どれだけ高性能でも、本人が外してしまえば意味がありません。柄物のバンダナ型を「スカーフ」として渡すなど、呼び方や見せ方を変えるだけで受け入れられることもあります。首元に直接あてるものは、締めつけと蒸れに注意し、肌との間にゆとりを持たせてください。
そもそもなぜよだれが増える?原因を4タイプで見分ける
成人は1日におよそ1〜1.5リットルの唾液を分泌しています。これは高齢になっても極端に増えるものではありません。つまり、よだれが垂れる多くのケースは「唾液が増えた」のではなく「飲み込めていない」「口から漏れている」ことが原因です。
タイプ1:飲み込む力が落ちている
唾液の量は変わらないのに、口にたまってあふれるケースです。鶴見大学歯学部附属病院の専門医は、嚥下機能の低下は加齢によっても起こるほか、筋萎縮性側索硬化症、多発性硬化症、パーキンソン病といった疾患や、多発性脳梗塞、扁桃炎、扁桃周囲膿瘍、顎の骨折や関節の脱臼が背景にあることもあると指摘しています。
タイプ2:口が閉じにくい・姿勢が崩れている
口輪筋や頬の筋力が落ちる、義歯が合わず噛み合わせが不安定、車いすで体が前や横に傾いている。こうした状態では、唇のすき間から唾液が重力で流れ出ます。とくに姿勢は見落とされがちで、座り直すだけで量が変わることがあります。
タイプ3:唾液の分泌そのものが増えている
自律神経の働きや、口内炎、歯周病、口内の傷といった刺激で分泌が増えることがあります。分泌量が多いタイプでは、原因となる病気の治療が優先されます。
タイプ4:薬の影響
薬の副作用として唾液が増えることがあります。たとえば抗精神病薬のクロザピンでは、唾液分泌が高まる流涎症が知られており、その仕組みについての研究も進められています。服薬内容が変わったあとによだれが増えた場合は、自己判断で中止せず、処方医や薬剤師に相談してください。
| タイプ | 気づきやすいサイン | まず相談したい先 |
|---|---|---|
| 飲み込む力の低下 | 食事中のむせ、食後の声のかすれ、痰がからむ | 歯科・耳鼻咽喉科・かかりつけ医 |
| 口が閉じにくい | 口が開いたまま、傾いた姿勢、義歯が浮く | 歯科(義歯調整)・リハビリ職 |
| 分泌の増加 | 口内の痛み、歯ぐきの腫れ、口臭の変化 | 歯科 |
| 薬の影響 | 薬の変更・増量の時期と一致している | 処方医・薬剤師 |
今日からできる、よだれを減らすためのケア
姿勢を整える
椅子や車いすでは、背中を背もたれにつけ、足裏を床につけ、あごを軽く引いた姿勢をつくります。前述の専門医も、唾液が多く感じられるときは吐き出したりうがいをしたりするのではなく、姿勢を良くしてあごを引き、唇を閉じた状態で飲み込むことをすすめています。これを繰り返すことで、自然に飲み込めるようになることが期待できます。
飲み込みの声かけを習慣にする
「ごっくんしましょう」と一声かけるだけで、たまった唾液を飲み込めることがあります。テレビを見ている間など、無意識に口が開く時間帯にこまめに声をかけると効果が見えやすくなります。
口のまわりを動かす
頬をふくらませる、唇をすぼめて「うー」「いー」を繰り返す、舌を左右の口角につける。こうした運動は特別な道具がいりません。唾液腺マッサージ(耳の前、あごの下、あごの先の3か所をやさしく刺激する方法)は本来、唾液が少ない方のためのケアですが、口まわりを動かす刺激として取り入れられることもあります。リハビリ職や歯科衛生士に、その方に合う内容を確認すると確実です。
口の中を清潔に保つ
唾液を誤って気管に飲み込んでしまったとき、被害を左右するのは唾液の中の細菌量です。口腔ケアは、よだれの量を直接減らすものではありませんが、誤嚥性肺炎の予防という点で欠かせません。
義歯と口内のチェック
合わない義歯は、噛み合わせと口の閉じやすさの両方に影響します。「最近よだれが増えた」と感じたら、義歯の状態と口内の傷を一度確認してもらってください。
肌荒れとにおいを防ぐスキンケア・衣類の工夫
よだれが続くと、口のまわりやあごの皮膚がふやけて赤くなり、ひび割れや口角炎を起こすことがあります。介護する側が疲れやすいのも、実はこの二次的なトラブルへの対応です。
拭き方を変える
こするとかえって皮膚を傷めます。やわらかい布や不織布で、押さえるように水分を取ります。ティッシュで強くこする習慣がある場合は、肌当たりのよいガーゼハンカチに替えるだけでも違います。
保湿でバリアをつくる
清潔にしたあと、白色ワセリンなど刺激の少ない保湿剤を薄く塗っておくと、唾液が直接皮膚に触れにくくなります。すでに赤みやただれがある場合は、自己判断で市販薬を使う前に医師や看護師に相談してください。
衣類・寝具の負担を減らす
胸元にタオルを1枚重ねる、枕にタオルを敷く、襟ぐりの広い服を選ぶといった工夫で、洗濯の手間が大きく変わります。においが気になる場合は、酸素系漂白剤でのつけ置きが役立ちます。
受診の目安と相談先
よだれは「年のせい」で片づけられがちですが、体からのサインであることがあります。以下に当てはまる場合は、早めに専門職へ相談してください。
| 状況 | 対応 |
|---|---|
| 顔の片側がゆがむ、片方の腕に力が入らない、呂律が回らない | 脳卒中の可能性。すぐに119番。症状が出た時刻を伝える |
| 食事のたびにむせる、発熱を繰り返す | 誤嚥の可能性。かかりつけ医・耳鼻咽喉科へ |
| 手のふるえ、動作が遅くなる、歩幅が小さい | 神経内科へ相談 |
| 口の中に痛み・腫れ・出血がある | 歯科・歯科口腔外科へ |
| 薬の変更後に増えた | 処方医・薬剤師に相談(自己判断で中止しない) |
| 介護負担が限界に近い | ケアマネジャー、地域包括支援センターへ |
顔(Face)・腕(Arm)・言葉(Speech)の異常が「突然」起きた場合は、脳卒中を疑います。発症時刻(Time)を確認して、すぐに救急車を呼んでください。この合言葉はACT FASTと呼ばれ、行政や医療機関が広く周知しています。
よくある質問
Q1. よだれ防止用と書かれたマスクは効果がありますか。
吸水性を高めた布マスクやガーゼマスクは市販されており、受け止める枚数を減らせる可能性はあります。ただしどの製品であっても、唾液を含めば重くなり交換が必要になる点は変わりません。「本人が自分で外せる」「濡れたら替える」という前提は同じです。
Q2. 夜寝ている間のよだれにはどう対処すればよいですか。
就寝中のマスク着用は、ずれや張りつきに本人も周囲も気づきにくいため避けてください。枕にタオルを敷く、横向きで寝ている場合は口元の下にタオルを置く、といった方法が現実的です。いびきや口呼吸が強い場合は、睡眠中の呼吸の問題が隠れていることもあるため、医師に相談する価値があります。
Q3. 大人用のよだれかけを嫌がります。どうすればよいでしょうか。
「よだれかけ」という言葉自体に抵抗を感じる方は少なくありません。柄物のバンダナやスカーフとして渡す、本人に色を選んでもらう、外出用と家用を分ける、といった工夫で受け入れやすくなることがあります。それでも難しい場合は、無理に身につけさせず、胸元や膝に置くタオルに切り替える方法もあります。
Q4. 施設で利用者にマスクをつけてもらうのは問題になりますか。
マスクの着用は2023年3月13日以降、個人の判断が基本とされています。ただし高齢者施設等の従事者には着用が推奨されており、事業者が感染対策上の理由から利用者に着用を求めること自体は許容されるとされています。問題になるのは「よだれを見えなくするため」に、本人の意思に反して外させない運用です。その場合は身体拘束にあたるおそれがあるため、組織として代替手段を検討し、判断の経緯を記録してください。
Q5. よだれが増えると誤嚥性肺炎になりやすいのでしょうか。
よだれが多いこと自体が直ちに肺炎を招くわけではありません。問題は、唾液を上手に飲み込めない状態と、口の中の細菌が多い状態が重なることです。飲み込む力の評価と口腔ケアをセットで行うことが予防につながります。
まとめ
- マスクは、本人が自分で外せる、濡れたらすぐ替えられる、原因確認と並行する、という3条件を満たせば選択肢になります
- 本人の意思に反してマスクを外させない運用は、身体拘束にあたるおそれがあります
- 日中はバンダナ型スタイ、食事中はエプロン、就寝中は枕のタオルというように、場面で道具を使い分けると負担が減ります
- よだれの多くは「唾液が増えた」のではなく「飲み込めていない」ことが原因です
- 姿勢を整える、あごを引いて飲み込む、口まわりを動かす、口の中を清潔に保つ。この4つが基本のケアです
- 顔・腕・言葉の異常が突然現れたときは、迷わず救急車を呼んでください
よだれの問題は、本人にとっては尊厳の問題であり、介護する側にとっては終わりの見えない手間の問題です。道具でしのぎながら、同時に原因に手を伸ばす。この二本立てで考えることが、双方の負担をいちばん確実に軽くします。
訪問介護しんらい 
